木々の間で 2





 そして突然、全ては無駄だ、という声が頭に響きました。

 目の前に横たわった小人だったものは、ついさっきまで血が通って浮かれ騒いでいたのに、今は違うものになっていました。私はそろそろと手を伸ばしました。私の指が触れるか触れないかというところで、フゥーと風に舞いあげられ、おでこから細かい粒になってサラサラと崩れていきます。
 あまりのことに私はへたへたと座り込み、ただ小人が風に吹かれるまま散っていくのを見ていました。


 それからのことはよく覚えていません。力がぬけたようにぼんやりと座っている私のところへ、恐る恐る戻ってきた小人達が、私の害意のない様子に、それでも警戒をしながらあの小人だった灰を大事そうにちいさな巾着(きんちゃく)にしまい込んでいくのを見ていました。
 一緒に踊っていた女の小人が泣きはらした目で灰を集め終わったあとの芝をやさしくなでています。歌の上手だったあの紺色の上着の小人は、その横に立って静かに涙を流していました。踊っていた時はあんなに鮮やかに見えた彼らの服は今やくたりとしわが寄って薄ぼけて、ようやっと体にひっかかっているようでした。そのゆっくりとした動作は生気がない、あやつり人形のようで、子供が戯れに動かしているだけで今にも「やめた!」と言って放り出されそうな、危うげな雰囲気が漂っていました。燃えさしの木や食べ物はきれいに片づけられて、芝地はまるで何事もなかったようにすっかり元通りになりました。
 そうしてしまうと、彼らはとぼとぼと北西につらなる木々の間に消えていきました。


 私はそうなってしまっても動き出す気にならず、ただじっと彼らの消えていった木々の間を見つめていました。たき火のあったことも、彼らが歌い踊っていたことも全て夢のような気がしました。
 私はゆっくりと立ち上がってひざに付いた芝を払い、のろのろと家に向かいました。





 帰って来るなり押し黙って自分の部屋にこもってしまった私を心配して、母親がきつねうどんをつくってきてくれました。母親のつくる少々甘すぎるおあげがこれほどおいしく感じたことはありませんでした。だしのきいた汁を最後まですするとやっと人心地がつきました。母親は私が食べ終わるまで黙ってそこに座っていました。
 どんぶりを置いてふーっとため息をついた私の顔を見つめていた母親が、「おや」と手を伸ばして私の髪に触れました。
「なにがついているのかと思ったら、ほら」
母親の手の平には、白い粉が乗っていました。
「あぁ、それは…」
(さっきの小人の灰だよ)と言いかけて口をつぐみました。一体自分の目の前で起こったことをだれが信じてくれるというのでしょう。にわかに、自分にさえ、あれが本当に起こったことなのか信じがたい気がしてきました。
 私が話すのをためらっていると、母親はちょっとちゅうちょして、それから言いました。
「もうおまえも子供じゃないから、なんでもかんでも聞こうとは思わないよ」
母親の距離を置いた心遣いがありがたくて私は言いました。
「なんにも心配かけるようなことじゃないんだ。ただ、自分でも自分の見たものが信じられなくて、ちょっと話す気になれなかったんだよ」


 そしてゆっくりと見たものを母親に話しました。私の話を聞き終わると母親は軽く首を傾げて言いました。
「その小人はどうしちゃったんだろうね」
私はどういう意味でそう言っているのかはかりかねて、母親の目を見返しました。
「だって、そんなに幸せそうだったんだろう。なぜ燃えてしまったんだろう。小人ならなにか魔法が使えたんじゃないかしら。なにか、死なずにすむような方法を知ってたっておかしくないよ。それなのに燃えて灰になってしまうなんて、不思議だと思うんだけど」
私は彼らの様子を思い出しました。
「なんだかあまり、魔法が使えそうな奴らじゃなかったよ。だって、食べ物だって飲み物だって指をパチンとはじいて出したりなんかしなかった。ちゃんと全部持ってきていたよ」
「そう。それなら、事故だったのかねぇ」


 母親はしきりに可哀想に、とつぶやいていました。
確かに、あんなに幸せそうだったのに、その絶頂であっさりと運命の蹄(ひづめ)にかかって打ち倒されたあの小人は哀れでした。まるで天から雷が振り落とされたかのように唐突だったのです。
 死ぬときは一人、生まれるときも一人。私達には死を予見することはできないのです。かといって、自分の死ぬ時を正確に知っていたら、果たして生を楽しむことができるでしょうか。そうは思えませんでした。時ならずして摘み取られるとしても、その直前まで精一杯生きたい。私はそう思いました。


 それから、ふと不思議に思って母親にたずねました。
「どうしてお母さんは、私の見たものを疑わないの?」
「うそなのかい?」
「いや、とにかく見たままを話したんだけど…」
「おまえがそんな話をつくりあげられるなんてとうてい思えないねぇ。でも、私がおまえの話を疑わないのはね」
そう言って私の方を、目をきらきらさせて見つめました。
「もうずーっと前から、私も小人に会ってみたかったからだよ。小人の集会が見られるなんてうらやましい。そうだ、おまえは絵を描きに行ったんだろう?描かなかったのかい?」
そうして私のスケッチブックの方へ手を伸ばしました。私は慌ててスケッチブックを押さえて言いました。
「いや、昼間に風景をちょっと描いただけだから、小人の絵はないよ」
「そう…」


 あんまり母親ががっくりしているので、今度彼らの絵を描いてやろう、と心の中で思いました。母親は私の話を聞いて何も危険なことは起こらなかったことがわかると、おふろを沸かしに下の階へ降りていきました。私は母親の、話を聞いているときの子供のように幸せそうな様子を思いだして微笑みました。
 さぁ、どこの場面を絵に描こう。紺色の上着の小人が歌い出したところか、それとも若草色の服の小人が女の小人をドギマギさせていたところか。さっきまでの悲しい気持ちは和らぎ、胸の奥に温かなものを感じました。


 私はベッドに横になり目を閉じました。














(終わり)


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